三島工場がADVANレーシングタイヤの生産を一手に担っているのは前述した通り。
つまり、WTCC以外のカテゴリーで使用するタイヤも全て生産している点について三ツ石が語る。
「三島ではSUPER GTなど全てのモータースポーツで使用されるレーシングタイヤを生産しています。
ですから、納期を厳守できる生産スケジュールを立てて厳密な管理を行なって供給しています。もっとも時にはスケジュール的に厳しいこともありますが(笑)。」
レースにおいてタイヤが無いというのは絶対に許されない。サーキットではパドックの一角にタイヤサービスエリアを望むことが出来るが、何百本というタイヤが当たり前のようにそこにあり、各チームに供給されている光景の影には、開発から生産そして物流まで携わる全ての人々の努力がある。
ところで横浜ゴムはWTCCタイヤ開発にあたり、エンジニアの渡辺と小林を生産拠点となる三島工場に駐在させた。これはタイヤ開発としては異例の事なのだが、工場に駐在したことのメリットは何なのだろうか。
「やはりコミュニケーションが良くなることが挙げられます。"肌と肌のふれあい"というわけではありませんが(笑)、日常的に触れ合いがあると開発と生産に携わるお互いが話もよりし易くなりますし、互いの立場も理解し合うことが出来ます。
屈託の無い意見交換や提案は高性能・高品質なタイヤを産み出すことに大いに役立ちました。」
渡辺がこう語ると、小林も続ける。
「万一のトラブルが発生した場合にも、開発者と生産者が一緒になって解決策を見い出していけます。これによって迅速かつ的確な対応が出来るのも大きなメリットですね。」
万全の体制で臨んだWTCCタイヤの供給。こうした体制が世界に認められるタイヤを産み、結果としてWTCCのワンメイク指定を引き続きADVANレーシングタイヤが受けることになったのである。
三島で生まれたタイヤが世界で戦いを演じる。レーシングタイヤを製造する立場の本音について、三ツ石は次のように付け加えた。
「やはり好成績をおさめたり高い評価を得たと聞くと、改めてこの仕事のやり甲斐を感じますね。WTCCはワンメイクタイヤですが、例えばそうでないコンペティティブなカテゴリーであれば、やはり自分たちが作ったタイヤが勝つというのはとても嬉しいものです。
ですからモータースポーツタイヤ製造ラインの担当者に限らず、工場のスタッフもインターネットや社内で流れる情報には敏感になっていて、レースの結果などはまめに見ていますね。
でも、私としては例えばマカオで初めてレースを見たときもそうだったのですが、『タイヤのトラブルが出ないように』という思いの方が強くて、『とにかく早く、無事にレースが終わってほしい』という心境でした。バトルを楽しむ、という余裕はありませんでしたね(笑)。」
三ツ石の口から思わず最後に漏れた本音。
高い技術力を誇りながらも、それに奢ることなく真摯に生産に取り組んでいる"匠"の姿がそこにある。