WTCCでは駆動方式の異なる車種同士が激しいバトルを展開する。ワンメイクタイヤを供給するメーカーには厳密な平等性も要求されるため、一方の駆動方式のみに有利になるようなタイヤ開発は絶対に許されない。
「駆動方式を超えた性能均衡化は難しいのです。色々とこれまでの経験や技術を活かして行き着いた解決策は、シビアリティの高いFF車のフロントタイヤについて、タレなくて耐久性のあるものを目指すことが必要だ、というところです。
このようなタイヤを造ると、賢明な皆さんは『ワンメイクタイヤなのだから、そのタイヤをFR(後輪駆動)車にも装着することになるとFR車が一層有利になるのでは?』と思われることでしょう。
実は、単純に言えばその通りなんですよ(笑)。
もちろんコースや状況によってFF車が有利なケースもあるわけで、一概にFR車だけが有利とは言えません。しかし駆動方式を問わない性能均衡化を図る上でひとつ行なったのは、荷重に対するタイヤパフォーマンスのダウンを緩やかなものにするということです。こうしたことは経験と技術の積み重ねで見いだし、実現できたことですね。」
レース、しかも世界最高峰という過酷な戦いを支えるタイヤ、そこに求められるものもやはり高いレベルである。難しい条件や状況、これを打ち破ることが出来るか否かは、まさに渡辺が語った経験値と技術力が大きな要素である。
一方で、小林はさらに開催コースに関する開発テーマを付け加えた。
「どんなコースでも通用するタイヤを造ろうということも大きな目標でした。ワンメイク供給する上で、どこでどんな風に走ってもタイヤのトラブルが起きないこと、というのはとても重要であり強く求められることです。
しかし、全く私たちが経験したことのないコースもありますし、一定以上のレーシングタイヤとしての性能を保ちながら、どんなコースでもトラブルを起こさないものを造るのはとても難しいことです。
WTCCではサーキットコースのみならず、市街地レースも開催されます。私たちにはマカオで長年の市街地レース経験があったのですが、例えば'07年に開催されたフランスのポーは、全く予想を超えた内容でした。
私たちのイメージでは市街地はサーキットより路面のミューが低く、エスケイプゾーンも無いので無謀な攻め方をしないものだと思っていました。つまりタイヤに対するシビアリティもサーキットよりは低いだろうと。
ところが行ってみると、マカオではガードレールによってコース外とされている"歩道"が、ポーの場合はガードレールの内側に残されるかたちでコースの一部のようになっていたのです。そのためドライバーもサーキットコースでいう縁石のように遠慮なく乗り上げて攻めるので、タイヤにとっては本当に辛い状況になりました。逆に言えばWTCCのレベルが如何に高いのかも改めて実感させられました。
私にとっては'07年でもっとも『こんなはずでは無かった・・・』という一戦でしたね(笑)。」
決して時間的な余裕も多くない中、世界最高峰のツーリングカーレース「WTCC」用のレーシングタイヤは産声を挙げた。
そして2006年4月2日、イタリアの名門サーキット・モンツァで行なわれた2006年開幕戦で実戦デビュー。ともに激戦の末、第1レースはBMWのアンディ・プリオール選手、第2レースはアルファロメオのアウグスト・ファルファス選手が優勝。
期せずして開幕戦ではFR車とFF車がともに優勝を飾ることとなり、重要なテーマとして取り組んだ性能均衡化がしっかり図られたことを実証した。そして、もちろんタイヤトラブルも皆無という結果であったのは言うまでもないだろう。
世界選手権にワンメイクタイヤデビューを果たしたADVANは高い性能を遺憾なく発揮し、オーガナイザーやチーム、ドライバーから厚い信頼を得ることになったのである。