2007年に産声を上げた「Lotus Cup JAPAN」は、同年全4戦のカレンダーで競われ、記念すべき初代チャンピオンの座はピストン西沢選手が獲得した。
2008年にはカレンダーが1戦追加されて全5戦となり、この年は篠原祐二選手が4勝を飾ってシリーズチャンピオンに輝く。
そして2009年、新たに「2-ELEVEN CUP」が発足。こちらはナンバーの付かないN1車両としてまずは導入され、ナンバー付きの「Elise S Cup」と2レース体制となってシーズンは戦われた。この年、初代2-ELEVEN CUPのチャンピオンに輝いたのは藤井芳樹選手。一方のElise S Cupは篠原祐二選手が2年連続のチャンピオン獲得を成し遂げた。
2010年、2-ELEVEN CUPはElise S Cupと同じくナンバー付車両によって競われることとなった。そしてこの両者が混走するスタイルで予選や決勝を走るというかたちになったのである。
2-ELEVEN CUPは車両の仕様変更などが間に合わなかったこともあり、結果的に全3戦でのシリーズとなった。最後までもつれ込んだチャンピオン争いは、前年の覇者である藤井芳樹選手と、Elise Sからステップアップした篠原祐二選手による一騎討ち。しかし、最終戦として予定されていた大会が中止となったこともあり、藤井選手が逃げ切るかたちでシリーズ連覇に成功した。
一方のElise S Cupは全4戦となったが、そのうち3戦を制した遠藤浩二選手が初のチャンピオンを獲得。発足初年度から参戦を続けて着実にスキルを磨き上げてきた、その成果があらわれた栄冠であった。
こうして発足から4シーズンを終え、5年目に突入している「Lotus Cup JAPAN」。
その現場で良く聞かれる声が「このレースは参加者がジェントルマンである」という評判だ。レース中はもちろん真剣に戦っている者同士だが、決してラフプレーやマナー違反の行為を行う者はいない。そしてパドックは和気あいあいとした雰囲気の中でそれぞれが正面からレースに取り組んでおり、ドライビングテクニックやサーキット攻略法について熱い議論を交わしている場面を見ることも少なくない。
また、SUPER GTなどを戦うゲストドライバーから、熱心に話を聞いている参加者も多く、とにかく一人一人が真面目に週末のサーキットでモータースポーツを楽しんでいるのだ。
残念ながらサーキットで他の参加者と上手く行かなかったり、コース上での何かをきっかけに険悪なムードになってしまう、という話も、アマチュア・モータースポーツでは少なからず聞こえてくる話だ。しかし、こと「Lotus Cup JAPAN」については、こうした残念な話題とは無縁である。やはり紳士の国・イギリスで生まれたLotusだけに、日本でも参加者は紳士が揃っているということなのだろう。
そして2011年。
ジェントルマン達が、楽しみつつも真剣勝負を繰り広げている「Lotus Cup JAPAN」は、新たな歴史の1ページを開くことになったのである。