RACING PROJECT BANDOHのレースとの携わりは、1980年代にさかのぼり、母体となる坂東商会がTE27型・カローラやKP47型・パブリカでTSレースや耐久レースに出場していた頃から。現在はGTアソシエーションの代表を務める坂東正明会長が、当初は自らステアリングを握っていた。
'90年、正式にチームを発足。以来、一貫してツーリングカーによるレースを戦い続けている。その頃から使用するタイヤは絶えずヨコハマタイヤのADVANレーシングタイヤだ。
グループA、そしてスーパーツーリングによる全日本ツーリングカー選手権を戦った後、JGTC(全日本GT選手権)には'97年から出場。織戸学選手と福山英朗選手の駆るシルビアはGT300クラスにおいて、いきなり開幕戦を制した後、全戦で表彰台に立ったばかりか、最終戦でも勝ってチャンピオンを獲得する。
'99年はJTCCで使用していたコロナ・エクシヴの主要ユニットを移植したセリカで参戦、第4戦からの出場だったにもかかわらず、ランキングは2位。なお、この年以降の車両は、すべてトヨタ車となる。
毎年のようにタイトルを争うのだが、あと一歩のところで涙を飲むことも多かったのだが、転機は'08年に訪れる。
セリカに変えて投入したニューマシン、レクサスIS350はフォーミュラ・ニッポンのエンジンをミッドシップに積んだ意欲作。
しばらくは産みの苦しみを味わうも、熟成が進むにつれ、戦闘力を増して第5戦ではポールポジションを獲得。第7戦のもてぎでは、車両規定不適合が見つかり、予選タイムが無効になって最後尾スタートを強いられたものの、織戸選手と阿部翼選手が激しい追い上げを見せてトップに浮上。史上初となる最後尾からの優勝を飾る。
そして、織戸選手と片岡龍也選手が新たにコンビを組むこととなった'09年は、まさに勝負のシーズンに。
岡山での開幕戦を制した勢いを最後まで維持し、全戦で入賞、表彰台にも4回上って、チームとしては12年ぶりの王座獲得に成功する。
そして、昨年からついにGT500クラスに進出。
片岡選手と荒選手のコンビでレクサスSC430を走らせることになり、また参戦決定から短期間で準備が進められたため、本来は開幕戦に間に合わない可能性もあったが、大震災の影響でシーズンのスタートが遅れたことが幸いする。
その最初のレースとなる富士で、悪天候の中、いきなり3位入賞を果たして注目を集めることとなった。とはいえ、新体制への洗礼は強烈で、その後の入賞は2回きり。ランキングも13位に留まっている。
今年は片岡選手に代えて、アンドレ・クート選手が荒選手のパートナーに。外国人ドライバーを起用するのは初めてながら、これがチームの血流を整えることも期待されている。
ちなみに、開幕戦では入賞こそ果たせなかったとはいえ、タイヤ無交換作戦を選ぶなど、戦術面には非常に長けており、これからもアッと言わせるような展開が望まれる。
なお、長らくチーム監督は坂東正明氏が務めてきたが、GTアソシエーション代表への就任に伴い、それまでも監督代行を務めてきた、息子の坂東正敬氏が'08年より新たに指揮を執ることに。父親譲りの熱い采配を繰り広げる。