2011年10月8日、埼玉県の本庄サーキット。当地で開催された全日本ジムカーナ選手権の最終戦、既に前戦の九州・おおむたラウンドでシリーズチャンピオンを確定させていた谷森雅彦選手は、ハコ車最速タイムを叩き出して文句無しの優勝を飾った。
谷森選手が記録したシリーズチャンピオン、それは10年連続という金字塔を打ち立てたものだった。そして、谷森選手はこの金字塔をひとつの区切りとして、2011年をもって現役を引退すると発表した。
ADVANとともに戦い、全日本ジムカーナ史に大いなる記録の1ページを刻んだ谷森選手。シリーズ最終戦、本庄ラウンドの走行が終了した後に、まずはV10を達成した率直な感想から、お話しをお聞きした。
「そうですね、何年も前からV10を目標にしてやって来たんですけれど、それが実際に達成できたというのは……。今日がラストランなんですけれど、悔いはないかなぁ、という思いがありますね」
谷森選手も語ったように、この本庄が全日本戦のラストランとなった谷森選手。まさに惜しまれながらの引退決断となったわけだが、果たしていつ頃の段階で引退を決意されたのだろうか。
「いつやろうねー?
連勝しようた頃に一度、もうこれで2年連続全勝優勝という時に、いっぺん辞めようかと思った時もあったんですよ。だけど、奥さんに『続ければ』みたいに言われて、やっぱりやりたいという気持ちもあって続けることにしました。
でも、いつかは区切りをつけんといかん、という思いはあって。もう何年か前から10連覇までは頑張って続けようというのはあったんですよね。だからV10を最後に、というのは別に今年になって急に決めた話ではないんです」
男として、そして戦うドライバーとして、ひとつの区切りをつけた谷森選手。
最後の全日本戦、その2本目はまさに有終の美を飾るラストラン。最後も谷森選手らしいキレの良い走りを見せて、1本目よりも0.687秒タイムアップ、ハコ車で唯一となる1分20秒台に叩き込んで文句無しの優勝を飾った。
この最終戦に臨む心境というのは、どのようなものだったのだろうか。
「これが最終戦までV10が決まっていなかったら、もっと凄いプレッシャーを感じていたかもしれません。それが前戦で決められて最終戦に来られたので、気持ち的には楽でした。自分の好きなように楽しんで、最後を走れればいいな、という感じで。
その上で、一番速い走りが出来たら自分も気持ちいいんで、今日はそれを実際に出来ましたね。まぁ、ミスもあったんで、もっとタイムは出せとったと思うんですけれど(笑)」
ご本人は謙遜を交えてこう語ったが、快走を決めて清々しい笑顔を見せてくれた。そこで、最終戦の2本目、正真正銘のラストランに臨んだ心境を更にお聞きした。
「スタートラインについたとき、『最後のスタートだなぁ』いう思いにはなりました。自分は泣き虫なんで、最後の時には『泣いて前が見えんのじゃないか』とも思いよったのですが、結果的にはそうではなかったですね。横浜ゴムの人とも『泣くまぁや(=泣かないでおこうね)』と言うとったんですよ。
チェッカーを受けた後、前半で失敗もあったんで、『わしの最後はこんなもんかな』って(笑)。走り終わってからはやっぱり泣き虫なんでこらえられませんでしたが、(V10を決めた)九州の時の方が大泣きしました。九州はもう、車から出れんかったいうか(笑)」