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日程・レポート・結果表 カテゴリー&タイヤ解説 クラス区分 奴田原文雄のモータースポーツ漫遊記 2011 =マレーシア編=
主なチーム&ドライバー [LINK] JRC Association
カテゴリー&タイヤ解説
日本各地で開催されているラリー競技。ジュニアや地区戦クラスをボトムレンジとしたピラミッドにおいて、その頂点に位置しているのが全日本ラリー選手権である。
発足は1979年と30年以上の歴史があるが、特に2006年には大きな変革を受けている。具体的には、それまで駆動方式によって別々に開催されていたシリーズが統合され、国際標準であるSS(スペシャルステージ)の速さを競うSS方式に競技形態を統一した。またクラス毎の成績に加えて総合順位も発表、ポイントを付与して総合チャンピオンも決するようになった。ちなみに初代の総合チャンピオンは、ADVAN-PIAAランサーを駆った奴田原文雄選手(ドライバー)/小田切順之選手(コ・ドライバー)であった。

ラリーは他のモータースポーツカテゴリーと大きく違い、1台の車に2人が乗車して競い合う。マシンを操るドライバーに対して、コ・ドライバーは時間や行程の管理、SSではペースノートの読み上げなどを行う。

ペースノートとは完全に専有された一般公道の林道などに設けられたSSにおいて、競技区間の走り方を記したもの。事前に定められたレッキと呼ばれる走行で各選手たちがおのおの作り上げていく。まず1回目の走行では比較的スローペースでSSを走り、ドライバーが読み上げるコーナーの大小や目標物、注意すべきポイントなどをコ・ドライバーがノートに書き留める。2回目の走行ではペースを上げて、この内容をコ・ドライバーが読み上げていき、ドライバーはその指示に従って走る。最後は微修正を行って競技本番に臨むという流れになる。

こうしてSSを走行したタイムのトータルで順位を競い合う。ただし、各所に設けられた時間管理のポイントへの早着や遅着などにはペナルティが科せられ、これらを加味して最終的な順位は決することになる。

なお2011年からは、シリーズポイントの付与基準が変更となった。各クラス、および総合の1位〜8位までに10点〜1点の得点が与えられるが、これは前年までよりも得点差が小さくなっているので、シリーズ争いは終盤まで大いにもつれることが予想される。
さらに競技が行われた一日ごとの結果に応じてのデイポイント制も導入された。これは1位〜3位に3点〜1点が与えられるもので、仮に初日のDAY1でリタイアを喫しても、マシンを修復出来れば二日目のDAY2に出走してポイントを獲得出来るチャンスがある。もちろん逆に初日でポイントを獲得して、二日目にリタイアを喫したとしても初日分のデイポイントは有効となる。
このポイントについては路面がグラベル(未舗装)かターマック(舗装)なのか、さらにSSの合計距離に応じて係数がかけられ、グラベルの長距離SSが設定される「Rally Hokkaido」は多めのポイントが与えられる。


【2011年・全日本ラリー選手権 得点基準】
順位 1位 2位 3位 4位 5位 6位 7位 8位
ポイント 10点 8点 6点 5点 4点 3点 2点 1点


【デイ別得点基準】
順位 1位 2位 3位
ポイント 3点 2点 1点
※デイ別得点には係数は乗じない。


【ポイント係数】
SSの距離 ターマック ミックス グラベル
50km未満 0.8 0.8 0.8
50km〜100km未満 1.0 1.2 1.5
100km〜150km未満 1.2 1.5 2.0
150km以上 1.5 2.0 2.5
※ミックスとはSS総距離の50%以上90%未満がグラベルの大会。
グラベルラリーで、主にADVAN勢の走りを支えているタイヤが「ADVAN A035」。2002年からの5連覇を含む、これまでの数々のチャンピオン獲得で、その高いポテンシャルは実証済みの定評あるラリータイヤだ。

2011年、この「ADVAN A035」はさらにその性能に磨きをかけた。第2戦の「久万高原ラリー」から、205/65R15サイズについて構造をマイナーチェンジしたアップデート版がデビュー。これは主に車両重量の増加とエンジンパワーの拡大に対応したものだが、従来以上にタイヤの剛性を高め、走りをしっかりと足元で支える高いパフォーマンスに磨きをかけたもの。

特にコーナーリング時に荷重を支え、適正な接地を持続させることで高いグリップ力を余すところなく路面に伝達。これまでも定評あるADVAN A035のトラクション性能やブレーキング性能が一層高められたことは、ラリーを戦う上で大きな武器となる。

その優れたポテンシャルは、デビュー戦となった第2戦「久万高原ラリー」で早速発揮された。2日間の日程は、1日目はドライだったが2日目はウェットに転じるという展開だったが、両日を通じてADVAN A035を装着したマシンがライバルに付け入る隙を全く与えない速さを見せつける。全部で14設けられたSS(スペシャルステージ)のうちに、実に半分以上の9つのSSをADVAN A035装着車がベストタイムで飾り、もちろん堂々の優勝を飾った。

世界中のラリーフィールドでチャレンジを続けているADVAN、その豊富な経験と実績、そして卓越の技術が“勝てるラリータイヤ”を生み出し続けている。
クラス区分
2011年の全日本ラリー選手権も、前年のシーズン同様に4つのクラスが設けられている。

ベテランから若手まで、幅広い選手層がそれぞれのクラスでしのぎを削りあい、同時にタイヤにとってもハイレベルな競い合いが繰り広げられている。
JN4 Class
JN4クラス
エンジン排気量 : 3,000cc超
 
全日本ラリー選手権の頂点に立つJN4クラス。ランサー・エボリューションとインプレッサWRXがしのぎを削りあう舞台となっており、それぞれ熟成も進んできた現行モデルが主役をつとめている。
2011年はターボのエア・リストリクター径が最大33mmまで認められるため、パフォーマンスが向上する運びに。ギャラリーステージを駆け抜ける迫力も、さらにアップするだろう。
JN3 Class
エンジン排気量 : 1,500cc超〜3,000cc以下
 
排気量の大きなノンターボ車からコンパクトなターボ車まで、参戦車種のバラエティが豊富なJN3クラス。2011年はプロトン社のサトリア ネオが登場することも大いに話題を呼んでいる。
特にターマック(舗装路面)の大会では、格上のJN4クラス陣に割って入り総合でもシングルのポジションを獲得することもあり、そのパフォーマンスは侮れない。
JN2 Class
エンジン排気量 : 1,400cc超〜1,500cc以下
駆動方式 : 2輪駆動のみ

 
現在のJN2クラスは、その源流をたどると2007年に発足したJN1.5クラスにたどり着く。参戦コストの低減を図ることで参加促進を目指したクラスは一定の成功をおさめ、現在も賑わいをみせている。
参戦車種はマーケットでも人気のコンパクトハッチ。車両の年次制限も設けられているため、街中でもおなじみの顔ぶれが揃っている。
JN1 Class
JN1クラス
エンジン排気量 : 1,400cc以下
 
全日本ラリー選手権で最小排気量クラスとなるのがJN1。
JN2クラスと同様に年次制限が設けられているが、こちらは参戦できる車種が限られてしまうため、参加台数の不足によってクラス成立が難しい部分もある。
逆に言えば少数精鋭による激戦区ということでもあり、そんな中で2010年はADVANを装着する中西昌人選手組が王座に輝いた。
主なチーム&ドライバー
2011年の全日本ラリー選手権にも引き続きADVANカラーをまとう三菱ランサー・エボリューション]が参戦する。

チャンピオン奪還を目指して戦いに挑む、「ADVAN-PIAAランサー」のクルーをご紹介しよう。
ADVAN-PIAA LANCER  DRIVER
奴田原文雄 選手
奴田原 文雄 選手 =FUMIO Nutahara=
 
1963年・高知県出身。現在は北海道在住。
'86年にラリーデビュー、'90年から全日本ラリー選手権への参戦を開始。
'94年にADVANラリーチームの一員となり、'99年に全日本選手権のCクラスで初のチャンピオン獲得。以降、2006年までに7回のチャンピオンに輝き、'02年〜'06年は5連覇を達成。
その活躍は国内に留まることなく、PWRC(FIAプロダクションカー世界ラリー選手権)では日本人として初めてモンテカルロ・ラリーで優勝を飾るなど、世界に知られる日本を代表するラリードライバーの一人である。
 
LINK >> 奴田原文雄選手オフィシャルサイト
ADVAN-PIAA LANCER  Co-DRIVER
佐藤忠宜 選手
佐藤 忠宜 選手 =TADAYOSHI Sato=
 
1959年・福島県出身。
1981年に鳥海ブルーラインラリーでデビュー、1989年および1991年から1993年にかけてBC地区のCクラスでナビゲーター部門のシリーズチャンピオンを獲得。
1995年にはWRCにも参戦するなど、その活躍の場は日本国内に留まらない。
2004年からは田口幸宏選手とコンビを組み、2004年の全日本ラリー選手権でナビゲーター部門のシリーズチャンピオンに輝く。
2009年、小田切順之選手からADVANカラーのマシンのナビシートを受け継ぎ全日本選手権に奴田原文雄選手と参戦、自身2回目の全日本選手権ナビゲーター部門チャンピオンを獲得した。
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