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カテゴリー解説
全日本ラリー、その歴史はADVANラリータイヤ栄光の歴史に置き換えられると言っても過言ではないだろう。
 
ADVANブランドが誕生したのは1978年。既に四半世紀を超える歴史を刻むADVAN、誕生の翌年には「ADVANラリーチーム」が発足、ラリーステージを舞台にしたチャレンジを開始。
そして発足初年度からBクラスでチャンピオンを獲得している。
 
往年の日本におけるラリーは、俗に"計算ラリー"と呼ばれる競技スタイルが主流だった。
しかし近年になって海外で行われているラリーと同様に"SSラリー"へとその形態は変化、戦いはより速さを求め、タイヤには圧倒的なハイポテンシャルが要求されるようになっている。
 
ここ最近は日本でWRC(世界ラリー選手権)が開催されるようになったこともあり、ラリーに対する注目が高まっている。
ラリーはSSこそクローズされたコースで行われるが、公道を移動するリエゾン区間やサービスパークなど、比較的ラリーマシンやドライバーと間近に触れ合う機会が多いモータースポーツ。
個性的なカラーリングをまとうマシンが移動するリエゾン区間で、地元の子供たちなどが元気に手を振って激励する姿などは全国どこのラリー会場でも見られるもの。
各地で地元密着型の大会が催されており、地域振興の役割も担っているモータースポーツである。
ドライバー&チーム紹介
2006年、ADVANカラーをまとう「ADVAN-PIAAランサー」が全日本ラリー選手権を制覇。
 
それまで四輪駆動と二輪駆動、ふたつの部門が別々にシーズンを行っていた全日本ラリーは、この年からひとつに統合され、更に総合チャンピオン制度が導入された。
 
そして'06年、初代の全日本ラリー総合チャンピオンという称号を手中にしたのが奴田原文雄選手である。
 
奴田原選手はこれで全日本ラリーを5年連続で制覇、獲得したタイトルの回数は実に7回におよぶ。
 
この数字は新たな記録の誕生になったが、それまで最多タイトルの記録を持っていたドライバーの一人は往年のADVANラリーチームのエース、山内伸弥選手。
 
"先輩"の記録を塗り替えた"後輩"、二人の走りを支えたのはともにADVANである。


ADVAN-PIAA LANCER  DRIVER
奴田原文雄選手
奴田原 文雄 選手 =FUMIO Nutahara=
 
1963年12月・高知県出身。現在は北海道在住。
学生時代に友人から中古のラリー車を購入したのがキッカケで、'86年にラリーデビュー、'90年から全日本ラリー選手権への参戦を開始。
'94年にADVANラリーチームの一員となり、'99年にはサラリーマンを辞めてプロ・ラリードライバーとなる。
同年、全日本選手権のCクラスで初のチャンピオン獲得。以降、2006年までに7回のチャンピオンに輝き、'02年〜'06年は5連覇を達成している。
 
LINK >> 奴田原文雄選手オフィシャル応援サイト
奴田原文雄選手からの動画メッセージ : [BROAD BAND (300K)]  [NARROW BAND (56K)]
ADVAN-PIAA LANCER  Co-DRIVER
小田切順之選手
小田切 順之 選手 =NORIYUKI Odagiri=
 
1952年・東京都出身。
1971年にラリーデビュー。
発足初年度から「ADVANラリーチーム」に参加、往年の名ラリーストとコンビを組んで数多くの勝利を手中におさめてきた。
今では国内ラリーのコ・ドライバーとして最多勝利記録を保持しており、現役選手としてその記録を着々と更新し続けている。
奴田原選手とは1994年からコンビを組んで全日本選手権に参戦。
ラリー振興を目指して設立されたJRCAの会員としてウェブサイト上で競技規則を解説するなどの活動も行っている。
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